先週、ツイッターで約1週間かけて将棋を指しました。
将棋の内容については、亀井さんが既に書いてくれているのでそちらに譲るとして、自分は、ツイッターで持ち時間5時間の将棋を指してみて、自分なりに考えたこと、感じたことにフォーカスして書きたいと思います。

- 目次 -
  • そもそもなぜ指そうと思ったのか
  • 長い持ち時間の割には意外に読めない
  • 長い時間があったからこそ考えられたこと
  • ツイッターで指すことの優位性
 
 

・そもそもなぜ指そうと思ったのか


ある日のこと、狼将棋メンバーでプロのタイトル戦で指された将棋について検討していました。確か王座戦の将棋だったと思いますが、羽生さんが踏み込んで竜を切り、勝ちを決めたという内容でした。踏み込んだ後の変化も素人目には難解だったので、これをよく踏み込めるものだな、と感心したのを覚えています。その内容もとても面白いものでしたが、話題は長い持ち時間の話へと移りました。

将棋に詳しい方であればご存知のことだと思いますが、タイトル戦はプロの対局の中でも持ち時間が長いものが多く、最も長いものでは1人各9時間、2日間に渡って指されるものもあります。2日間に分けて指す場合に行われるのが封じ手と呼ばれる制度で、1日目の最終手を指す人が指し手を相手にわからないように書き留めておき、お互いが相手の手番の局面しか考えられないようにしておくことで、公平性が保たれるようになっています。プロの将棋では、タイトル戦以外でも、このような工夫のもと、当然のように長い持ち時間で指されているのです。

では、アマチュアが数時間以上の持ち時間で将棋を指したらどうなるのか。この疑問は、会話の流れの中で当然のように顔を出しました。以下は大まかな会話の流れです。

「アマチュアだとそれだけの時間を取るのは難しいよね」
   ↓
「でも封じ手を使って対局を何度かに分ければ出来るのでは」
   ↓
「どうせなら一手一手封じ手にすればいいんじゃね」
   ↓
「ならツイッターがぴったりそうだな」
   ↓
「考慮開始の時にも書き込めば、持ち時間も測れるじゃん」

詳しくは亀井さんの記事を見ていただきたいのですが、相手の指し手を確認して自分の指し手を考え始めると同時に「考慮開始」の書き込みをし、実際に指し手を指す時にも「指し手」の書き込みをします。このようにすることで、「指し手」の書き込み時刻から「考慮開始」書き込み時刻を差し引いて残り時間を計算できます。本当は自動で残り時間を管理出来ればいいのですが、やりたいことが出来るシステムがすぐには見つからなかったので今回はやむなし、です。

他にも、「考慮開始」の書き込みをする分二度手間になる、相手が考慮を開始してすぐに「考慮開始」の書き込みをする保証は無いなど、システム的に不完全なところもありますが、相手が信用出来る人であれば、それぞれがちゃんとやれば問題ないだろうということで、面白そうだからとりあえずやってみるかということになりました。こうして持ち時間ありのツイッター対局が始まったのです。


・長い持ち時間の割には意外に読めない

将棋倶楽部24の「早指し」(持ち時間1分、秒読み30秒)だと、一人あたり15分もあれば終局になります。それより長い「15分」(持ち時間15分、秒読み60秒)でも、一人あたり30分以内で終局することがほとんどです(それより長い「長考」というタイプもありますが、このタイプで指されているのをほとんど見たことが無く、実質機能していません)。

今回は持ち時間が5時間ですから、早指しと呼ばれるそれらに比べると10倍〜20倍以上の持ち時間があることになります。それだけあれば、相当色々な手が読めて、内容もすごく良くなるだろう。対局前はそう考えていました。・・・何ともまあちゃんでした。ヤッホータイでした。

アマチュアだと普段長い時間考えることなんて無いでしょうから、そもそも脳の訓練が出来ていません。脳科学の専門家ではないので詳しくはわかりませんが、脳が短期的に記憶出来る領域には限りがあるそうで、よほどの訓練をするか工夫をして記憶しないと、長い時間考えていても考えていたことを忘れてしまう、なんてことが起こってしまいます。また、ツイッターで一手毎に封じ手をするという性質上、対局の間ずっと将棋のことを考えているわけではありません。相手の指し手を確認したときには、その局面について一から考え直すことになってしまうのです。

アマチュアだと一つの局面における候補手は平均5手くらいだと言われており、そこに上記のロスを考慮すると、持ち時間が10倍あっても一手先くらいしか余分に読めない、ということになります。これは最終盤だと結構大きいことですが、ほとんどの場合最終盤では既に勝負はついています(形勢がどちらかに大きく傾いているという意味で)。本当の意味で勝敗を決定するといえる序中盤や終盤の入り口あたりでは、判断が非常に難しい場面が多く、一手先を余分に読めるメリットはほとんど無いと言っていいのではないでしょうか。

ある局面について考える時、ほとんどの場合、Aという手が良いのか、それともBか、あるいはCなのか、その中でどの手を選択するのか、を比較検討することになります。今回の対局で自分が最も時間を使ったのは、下図(※後手側から見た盤面)の局面(37手目▲7八飛まで)においてでした。本譜は30分考えて△7五歩と指しましたが、この他にも、△8五金、△6三銀、△7三歩、△7三銀、△6五歩、△5五歩なども候補手としてありました。以下は、30分という時間の流れの中で、どのように考えていったかを記します。

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直感(0秒〜10秒)うわ、飛車回ってきた。やっべ、とにかく金が浮いてるのを何とかしないと・・。△7五歩と指すのが自然か。でも打った歩を取られるようなことにならなければいいのだが。(候補手:△7五歩)


小考(10秒〜1分):△7五歩を取られることにはすぐにはならないか。んー、△8五金もありそうかな、歩得できるし。でも▲6五歩と決戦された時に、金が離れてるのがちょっとなあ。△7三歩?いやいや、せっかく交換した歩だし、こんなところに使ってたまるか。△7三銀?いや、6三に隙があるし、ちょっと形が悪いか。やっぱり△7五歩がいいような気がするなあ。でも、もうちょっと△8五金も考えてみたい。(候補手:△7五歩、△8五金、△7三歩△7三銀)

中考(1分〜5分):金は浮いてはいるが、角をズバッっと切りながら飛車の利きを通すような手はすぐには無いわけだし、必ずしも金にひもをつけなくてもいいのではないか。なら、こっちから△6五歩とか、△5五歩もあるのか・・いや、こちらに得が無い手だし、このタイミングで指す手でもないな。やはり△7五歩か△8五金かな。(△7五歩や△8五金について具体的に読みを入れて)、どちらもそれなりに指せそうだなあ。ん、△6三銀なんて手もあるか。6一の金が浮くのは気持ち悪いが、上部が手厚くなるし形は悪くない。(この時の考えが、今後の指し手のヒントになる)
(候補手:△7五歩、△8五金、△6五歩△5五歩、△6三銀)(ここで候補手が全て出揃う)

長考(5分〜30分):今のところ、△7五歩が60%、△8五金が30%、△6三銀が10%くらいの割合で良さそうな気がする。(この後、何度も具体的に読みを入れるも、何度も同じことを考える)。あー、△7五歩と△8五金、どっちがいいんだろうか。歩を取ってみたい、だけど失敗した時がひどいだろうなあ。。△7五歩の方が6筋に利きを残せる分、失敗しても大きな被害にはならないはず。(この後、何度も何度も具体的な読みを入れるが、既に何度も読んだことを繰り返すだけ)。よし△7五歩だな。

最後まで迷うような候補手は、すでに1分の時点で出てきています。あまり良さそうでない手を含めても、少なくとも5分の時点で、自分が考えうる全ての候補手が出揃っています。また、候補手からどの手が良いのかを、具体的に先を読んで決定する部分においても、5分の時点で、自分が読みうるところは全て読んでいるんですよね・・。その後は何度も同じことを確認しているだけで、新しい情報などは何も得られず。

持ち時間の短い将棋である程度読んでわからない局面は、長い時間かけて読んでも、やっぱりわからないのです。結局最後は、ただ決断するだけ、なんですよね・・。  


・長い時間があったからこそ考えられたこと

前述のように、長い時間があったからといって、「良い手が見える」、「先が読める」わけではないことがわかりましたが、それでも長い持ち時間に全く意味が無かったかというと、そうではありません。

まず、当たりまえのことかもしれませんが、指し手の次の相手の手で一気に形勢が傾くような、あからさまなポカはありませんでした。悪手と言えるものはありましたが、それでも5手先くらいまで読まないと、悪手かどうかは見えてこないものばかりです。早指し、特に30秒秒読みなんかだと、ごくまれに信じられないようなポカをしてしまうことがあるので、この点はかなり良かったと思います。

また、心理的に良い効果もありました。悪手を指した後なんかは、早指しだとそのことを引きずってそれ以上の悪手を連発してしまうこともありますが、長い時間があれば、一時的に悪手を悔やむことはあっても、指し手を指す時には大抵忘れちゃっているのです。前述のことと合わせれば、長い持ち時間が、読み的、心理的に悪い部分を均一化し、リスクを軽減したのでしょうか。

そして、これが一番重要なことですが、一段上のレベルから対局を眺めているような感覚があったように思います。方針通りに指すようにするとか、指し手に一貫性を持たせるとか、普段は、対局が終わった後の感想戦や自戦記などでは言えても、持ち時間の少ない実戦だと全く考えられないようなことを考えることが出来たのです。ある意味観戦者のような気分でした。また、そのように対局を捉えていることから、将棋の勝敗のことはあまり考えなくなり、どの手が真理に近い手なのか、いかに楽しむか、に集中することが出来たと思います。

下図(※後手側から見た盤面)の局面(51手目▲2八玉まで)は、今回の対局で自分が2番目に時間を使ったところですが、△6五歩を指すのに28分使って考えています。

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普段の自分であれば、△3五歩、△4六歩、△5六歩、△6六歩などの攻める手を真っ先に考えるところです。しかし、今回後手番と決まった時からある程度受ける方針を決め、ここまで受けをメインとして相手の駒を抑え込むべく、指してきていました。攻めの手では、最初の決意と一貫性を欠いてしまいます。それに、自分より強い人に対して挑む気持ちもあったと思います。将棋は会話に例えることが出来ますが、自分の指し手と次の相手の指し手の間で次のような会話が交わされていたとか、いないとか。

「△6五歩、これでもう何にも手を出せないですよね?」

「▲6八飛と回ればまだまだ捌ける余地があるんですけど?」

▲6八飛を見て、△6五歩に使った時間は何だったんだ、と思わないことも無かったですが、それ以上に、▲6八飛を指された時の爽快感と、この手を待っている時のワクワク感は何とも言えないものでした。よく考えて導き出した答えというものは、たとえそれが短い時間で考えて出した答えと何も変わらないものだったとしても、それを相手にぶつけてみてどう返ってくるかを待つ楽しみは、何倍にも跳ね上がるのだと思います。以前、将棋を指す意味が自分自身わからなくなり、将棋を止めようとさえ思ったことがありますが、将棋の真の面白さとも言うべきものを、ここで垣間みれたような気がします。きっとプロの方は、素人にはわからない途方もない苦労もされているのかもしれませんが、それを上回るほどのとんでもない面白さを味わえているのでしょうね。  


・ツイッターで指すことの優位性

情報社会と呼ばれるようになってから随分経ちました。ネットの普及によって、人々がパソコンや携帯電話を用いて世界中の情報にアクセスしたり、人々と繋がったりすることが簡単に出来るようになり、さらにはスマートフォンやタブレットなどの携帯可能な小型PCを使うことで、それが「いつでも、どこでも」出来るようになりました。

指し将棋の世界(あるいは将棋界全体)においても例外ではありません。情報端末を用いて、ネット将棋で世界中の人たちと指すということが、ますます便利に出来るようになりました。ただ、持ち時間の短い将棋が指されることが多くなってきているのかなと感じます。時間を有効に使う工夫を求められている多忙な現代人ですから、仕方の無いこととも思う一方で、今回のようなツイッターを用いた指し方は、一つの代替案を与えてくれるような気がしました。

ツイッターは、リアルタイム性や参加者間の距離の近さで言えば、チャットやトークアプリなどのツールと掲示板やブログなどのツールの中間的存在であると言えます。その特徴に、ネットそのものの利点と、システム自体の軽量さ、さらに今回のルールが加わって、真の「いつでも、どこでも」将棋が指せる状態を生み出したのではないでしょうか。モーニング娘。の曲にもありますが、まさに時空(とき)を超え 宇宙(そら)を超え、将棋を楽しむことが出来るのです。そういえば、心なしか指している時も曲が聞こえてきたような気がします。まあ聞きながら指してたんですけどね。

今回はツイッターでの将棋を十二分に楽しむことが出来ましたが、やはり信頼する相手とだからこそ可能だったのかなと思います。不特定多数の人と指す場合には、今回のニーズをぴったり満たし、かつある程度軽量なシステムが欲しいところですね。いずれそういうシステムが出来ることを願っています。それまでは、少し将棋は知ってるけど忙しくて指せないという方や、興味はあるけどなかなか指せないでいる方など、今回の指し方を真似してくださる人がいれば幸いです。この企画に付き合ってくださった亀井さんや、この企画へのヒントをくださったまあささん、狼将棋メンバーに感謝して、また新たな将棋の旅に出発したいと思います。