突然ですが矢倉の話をしたいと思います。
相矢倉の現状についてアウトラインを示すというのが目標です。
宜しくお付き合いください。

さて相矢倉の現状を示すにあたってまずは事前知識から入りたいと思います。
「最新戦法の話」という勝又先生の名著がありますが、その中の「矢倉の話」という章には
4六銀・3七桂型、加藤流、森下システム。
現在の矢倉はこの三つを軸にした戦いになっています。 
と記されており、出版された2007年当時からそれ以降にかけてもその状況が長く続いてきました。
しかし現在もそうかというとそうではなくなっています。
この中で生き残っているのは▲4六銀▲3七桂型のみで、
加藤流と森下システムはプロの棋戦で見かけることは少なくなってしまいました。
今回はその理由を見ていきたいと思います。

・加藤流
2013-12-18a
このように先手が1筋を詰めているのが加藤流の特長。
▲4六銀▲3七桂型ではこうはいきませんが、代わりにこの場合は▲4六銀と出られません。
1筋2筋に手をかけている分後手の金銀の態勢も間に合っているからです。

ここから▲1七桂△2四銀▲2五桂△7三桂▲1七香△3三桂▲同桂成△同金直と進みます。
2013-12-19a
3七から桂を活用できないので1七経由で活用するのが常套手段。
桂交換になり一方的に攻めの桂を捌かれたようですが、こうして攻め駒を調達するのも後手の手筋。
以下進行の一例は▲2五桂△同銀▲同歩△8六桂▲同歩△同歩▲同銀△9四桂
2013-12-19b
こうなると次に▲8七歩と受けても△8六桂から精算された際に歩切れとなり後手ペース。
▲2五桂と打たない進行であっても△8六桂と打たれて薄くされてしまうので
後手が主導権を握りやすい展開となるようです。

また今年の棋王戦第3局では▲3三同桂成に△同金寄とする手法も現れました。
5三の銀が浮くので指しにくいかと思われましたが、
△4二銀と固めた後に△9四桂~△8六歩とやはりこの筋を使って後手の快勝でした。

このように△3三桂と後手からぶつける手法が有力であり、
先手が課題を突きつけられているというのが加藤流の現状なのです。

なお△5三銀と上がった局面を基本図としましたが、△7三銀から△7五歩を狙う順も有力です。
定跡書では難解な形勢とされていますが、どういうわけか先手の勝率が上がりません。
この辺りも加藤流が流行らない一因である気がします。

・森下システム 
2013-12-19b
相手の形を見てからそれに応じて形を決めるのが森下システムの骨子。
先手の右銀だけ見てもここから4六・4七・6六と3パターンの活用があります。 
勝又先生はこれを「リアクション型」と評しましたが、実に的を射た表現ですね。

かつて森下システムは雀刺しに攻め潰され、衰退していた時期がありました。
相手に形を決めてもらうためには何か先手も手を指さなくてはならず、
損になりにくいと思われた▲6八角~▲7九玉~▲8八玉という手を指したところ
9筋から攻められ逆用されてしまった、というのがその理屈。
しかしこれも何とか打破することに成功し、再び森下システムが流行します。

「攻めても駄目」「しかし攻めなければ相手は後出しジャンケンしてくる」
そこで考えだされたのが「相手が様子見するならこちらも様子見する」という
まるで目には目を、歯には歯をというような作戦でした。
2013-12-19c
対森下システムの新基本図。
後手玉はまだ矢倉城に入っていませんが、角を動かしていないのも一つのポイント。
ここから幾つか先手の指し手が考えられます。

1)▲3七銀
次に▲3五歩からの一歩交換が狙いですが、これには後手も△7三銀と追随します。
以下▲3五歩△同歩▲同角△7五歩▲同歩△同角▲4六角△6四角と角対抗形になりますが、
先手だけ▲6八角と途中下車しているので一手損しているのが気になります。
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先手は▲2六歩~▲2五歩としないと攻めにならないので、△3一玉~△2二玉が間に合います。

2)▲2六歩
▲2六歩~▲2五歩と損になりにくい手を2手指すことで、更に後手の様子を見ようという狙い。
これにも△7三銀~△7五歩を狙いますが、対する先手は▲3七銀と上がっていないので
▲6五歩~▲5七銀~▲6六銀右と盛り上がっていくことが出来ます。
2013-12-19e
更に進んで第7図。
馬を作られ飛車をいじめられとあまり良い所がなさそうに見える後手ですが、
△4四角の睨みが絶大で難しいながらも攻め切れる、というのが現在の通説です。
集中してこの将棋が指された時期がありましたが、後手の勝率が良くいつしか指されなくなりました。

3)▲3八飛
こちらも▲2六歩同様相手に形を決めてもらう指し方。
△7三銀から同じような順を選んだ場合、▲2五歩▲2八飛型よりも桂が使いやすい形なので
どこかで▲3七桂とされて△4五歩を牽制されてしまいます。

そこで今度は△7三桂とこちらを活用します。
先手から動くのであれば▲3五歩△同歩▲同角と3筋を切るぐらいですが、
そこで貰った一歩を活用する△5五歩~△9六歩が好手順。
▲9六同歩△9七歩▲同香△8五桂▲8六銀△9七桂成▲同銀△3四香
2013-12-19f
というのが進行の一例。
さすがにここまで毎回上手く行くとも限りませんが、
このようなカウンターパンチがあり先手も迂闊には手を出せません。


この他にも先手の手段はいくつか存在しますが、
形に応じて銀と桂を使い分けることが出来るのが大きく先手が苦戦しているのが現状です。


このようにして加藤流と森下システムは主流の座を譲ることとなったわけです。
では▲4六銀▲3七桂はというと、こちらは皆さんご存知の通り今でもメインストリームど真ん中。
次回は▲4六銀▲3七桂の概況について記していきたいと思います。

※一部図面を修正しました。