久々の「対局中に考えること」シリーズ。前回書いたのは2014年の9月だったようですね。
●手を渡す勇気を持つ
じっと自陣に手を入れたり、力を溜めたりして相手に手番を渡す「手渡し」。プロの先生の中で「手渡し」と言えば羽生先生が最初に思い浮かびます。
相手に手番を渡すというのは勇気の要ることですが、この手渡しを上手く使いこなせるようになりたい、というのをここ最近の密かなテーマにしています。ただ実際には、まだしっかり意識しながらできているわけではないので、対局中に「考えるようにしたい」こと、というのが正確なところです。
【第1図は△6三桂まで】
第1図は24で最近指した将棋。馬2枚付きの美濃(4九の金が一路離れてますが)vs金銀5枚の穴熊とお互いにとんでもない堅さですが、こちらは駒損の上に第1図の△6三桂が厳しく、はっきり苦しい局面です。▲6六馬上のような手では後手から一方的に攻められるばかりなので、勝負手気味の順をひねり出しました。
第1図以下▲1四歩△同歩▲1三歩△同香▲4九金(第2図)
【第2図は▲4九金まで】
後手の五枚穴熊に手を付けようとするなら端しかありません。▲1四歩△同歩▲1三歩△同香と進み、攻めの継続手段がこれ以上ないのですが、そこでじっと▲4九金の「手渡し」。後手が△5五桂から攻めてくれば必ず桂が手に入るので、後の▲2五桂の反撃に期待しようという意図です。実戦も▲2五桂の反撃が実現して苦しいながらも勝負形にはなり、最後はツキもあって逆転勝ちすることができました。
手渡しは正確な読みや大局観が求められる技術で、「上手な手渡し」になるか「ただの一手パス」になるかは紙一重のところだと思います。それでも、何かの時に手渡しという選択肢が頭の片隅にでもあれば、それだけでも将棋の幅が少し広がるのではないかと思っています。
●わかりやすい攻めでプレッシャーをかける
上記のような将棋に限らず、苦しい将棋を逆転するには相手を焦らせることがほぼ絶対の条件になります。そして焦らせるのに効果的なのが「わかりやすいけど受からない」攻めを見せることだと思います。具体的には、と金攻めや歩をじっと伸ばしていくような攻めなど。例え2手や3手かかるような遅い攻めでも、「その間になんとかしないと確実に逆転しますよ」という時間制限を相手に与えることで、プレッシャーのかかり方は段違いになります。もちろん、相手にはわかりやすい決め手を与えないというのが大前提になりますが。
【参考図は▲8五竜まで】
最近の自分の将棋で良さげな例が見つからなかったので、先日のマイナビ女子オープンの室谷-加藤戦から。参考図からの△3二竜▲8一歩成△3五歩などは、上手いプレッシャーのかけ方だと思います。△3六歩▲同歩△2四桂の筋を狙われるのは、美濃にとってはどんな時でも嫌味になるのです。
●主張点の変換作業
主張点といえば、駒得しているとか、駒の働きが良いとか、自玉が堅いとか、色んなものが考えられます。しかし、例えば駒得という主張点を考えてみても、中盤と終盤ではその意味合いが大きく異なってきます。中盤では駒得という主張点が大きな輝きを放つことが多いのに対し、終盤では駒得していても自玉がピンチになっていては駒得が意味をなさなくなってしまうケースがほとんどです。
したがって、駒得の状態で終盤戦に突入した時などは、駒得という主張点を別の主張点に「変換」することが勝利への近道になる・・・と言えるのではないでしょうか。
【第3図は▲4六角打まで】
再び24で指した将棋から。第3図は▲4六角打と繋いで打たれたところです。現状は▲角と△銀桂桂の三枚替えで駒得していますが、次に▲6五歩と桂を取り返す手が後手陣の急所にも刺さってきます。駒得の場合は長期戦に持ち込むのが一番理想的な展開ではありますが、第3図ではそれは難しそうです。そこで「主張点の変換作業」をしていきます。
第3図以下△5四銀▲1一角成△5五桂▲5六金△4六飛▲同歩△4七角▲5五金△6九角成▲6五歩△6六銀▲6九銀△7七金▲9八玉△5五銀上(第4図)
【第4図は△5五銀上まで】
ここで言う「主張点の変換」とは、「駒得」の主張点を「玉の安全度の差」という主張点に変換する、すなわち「ある程度は駒を捨ててでも、先手玉の寄せが見える形に持ち込む」ということです。「玉の安全度の差」という主張点は、終盤になればなるほど輝いてきます。
第4図での駒割りを計算すると▲飛角香と△金金銀の交換で、第3図時点での駒得は完全になくなってしまっています。しかし玉の安全度は見るまでもなく大差で、後手の攻め駒は小駒だけながらも四枚以上、先手は受けに適している駒がほとんどないので、後手の勝ち筋となっています。主張点の変換に成功した形と言えるでしょう。
ただ、これもまだ自分の中でしっかり意識して実践できているというレベルではなく、対局中に「考えるようにしたい」ことの一つです。
●振り飛車は駒効率で勝負する ※個人の感想です
一般論として当てはまる・・・とまでは言えないと思うので但し書き付き。昔の自分は「駒得至上主義」だったのですが、第一回目の対局中に考えることで「遊び駒を作らない」と書いたように、実は「駒損してるけど遊び駒がない」という状態を目指すほうが、振り飛車という戦法はうまくいきやすいのではないか、と思うようになりました。
振り飛車党のプロの先生、その中でも久保先生や戸辺先生の将棋を見ていると、常に駒損してるんじゃないかと錯覚してしまうくらい、中終盤で駒損(それも飛車損とか角損とかのレベル)に陥っている将棋が多い印象を受けます。それほどの駒損をしても際どい勝負を繰り広げて最後に勝ってしまうのは、残った駒は全て有効に活用している、すなわち駒損していても駒効率では勝っているというのが最大の理由なのではないかと思います。
【第5図は△4六飛成まで】
第3図、第4図の将棋の投了図が第5図。2一の桂だけは残りましたが他の駒は歩以外の全てが働いており、3枚だけの駒で先手玉を捕まえています。こんなふうに「必要最低限の戦力だけで勝ち切る」というのが、駒効率という主張点を最大限に活かして戦った証のようにも思えて、すごく嬉しくなったのを覚えています。
いつもこんなふうに上手く勝てるわけではありませんが、一つの理想形として心に留めておきたいと思います。
●手を渡す勇気を持つ
じっと自陣に手を入れたり、力を溜めたりして相手に手番を渡す「手渡し」。プロの先生の中で「手渡し」と言えば羽生先生が最初に思い浮かびます。
相手に手番を渡すというのは勇気の要ることですが、この手渡しを上手く使いこなせるようになりたい、というのをここ最近の密かなテーマにしています。ただ実際には、まだしっかり意識しながらできているわけではないので、対局中に「考えるようにしたい」こと、というのが正確なところです。
後手:相手 後手の持駒:飛 桂 歩三 9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ | ・v桂 飛 ・ ・ ・v金v桂v玉|一 | ・ ・ ・ ・v香v銀 ・v銀v香|二 |v歩 ・ ・v桂 ・v銀v金v歩v歩|三 | ・ ・ ・ ・ ・v歩v歩 ・ ・|四 | ・ ・ ・ ・ 歩 ・ ・ ・ 歩|五 | ・ ・ ・ ・ 馬 歩 歩 ・ ・|六 | 歩 ・ ・ 馬 ・ 金 ・ 歩 ・|七 | ・ ・ ・ ・ ・ ・ 銀 玉 ・|八 | ・ ・vと ・ 金 ・ ・ ・ 香|九 +---------------------------+ 先手:kame1223 先手の持駒:香 歩三 手数=92 △6三桂 まで
第1図は24で最近指した将棋。馬2枚付きの美濃(4九の金が一路離れてますが)vs金銀5枚の穴熊とお互いにとんでもない堅さですが、こちらは駒損の上に第1図の△6三桂が厳しく、はっきり苦しい局面です。▲6六馬上のような手では後手から一方的に攻められるばかりなので、勝負手気味の順をひねり出しました。
第1図以下▲1四歩△同歩▲1三歩△同香▲4九金(第2図)
後手:相手 後手の持駒:飛 桂 歩五 9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ | ・v桂 飛 ・ ・ ・v金v桂v玉|一 | ・ ・ ・ ・v香v銀 ・v銀 ・|二 |v歩 ・ ・v桂 ・v銀v金v歩v香|三 | ・ ・ ・ ・ ・v歩v歩 ・v歩|四 | ・ ・ ・ ・ 歩 ・ ・ ・ ・|五 | ・ ・ ・ ・ 馬 歩 歩 ・ ・|六 | 歩 ・ ・ 馬 ・ 金 ・ 歩 ・|七 | ・ ・ ・ ・ ・ ・ 銀 玉 ・|八 | ・ ・vと ・ ・ 金 ・ ・ 香|九 +---------------------------+ 先手:kame1223 先手の持駒:香 歩二 手数=97 ▲4九金 まで 後手番
後手の五枚穴熊に手を付けようとするなら端しかありません。▲1四歩△同歩▲1三歩△同香と進み、攻めの継続手段がこれ以上ないのですが、そこでじっと▲4九金の「手渡し」。後手が△5五桂から攻めてくれば必ず桂が手に入るので、後の▲2五桂の反撃に期待しようという意図です。実戦も▲2五桂の反撃が実現して苦しいながらも勝負形にはなり、最後はツキもあって逆転勝ちすることができました。
手渡しは正確な読みや大局観が求められる技術で、「上手な手渡し」になるか「ただの一手パス」になるかは紙一重のところだと思います。それでも、何かの時に手渡しという選択肢が頭の片隅にでもあれば、それだけでも将棋の幅が少し広がるのではないかと思っています。
●わかりやすい攻めでプレッシャーをかける
上記のような将棋に限らず、苦しい将棋を逆転するには相手を焦らせることがほぼ絶対の条件になります。そして焦らせるのに効果的なのが「わかりやすいけど受からない」攻めを見せることだと思います。具体的には、と金攻めや歩をじっと伸ばしていくような攻めなど。例え2手や3手かかるような遅い攻めでも、「その間になんとかしないと確実に逆転しますよ」という時間制限を相手に与えることで、プレッシャーのかかり方は段違いになります。もちろん、相手にはわかりやすい決め手を与えないというのが大前提になりますが。
後手:加藤桃子女王 後手の持駒:桂 香 歩二 9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ |v香 ・ ・ ・ 角v銀 ・v桂v香|一 | ・ 歩v龍 ・ ・ ・ ・v玉 ・|二 |v歩 ・ ・ ・v歩v金 ・v歩 ・|三 | ・ ・ 歩v歩 ・v歩v歩 ・v歩|四 | ・ 龍 ・ ・ ・v銀 ・ ・ ・|五 | ・ ・ ・ 銀 ・ 桂 ・ ・ 歩|六 |v馬 ・ ・ 歩 ・ 歩 歩 歩 ・|七 | ・ ・ ・ ・ 金 ・ 銀 玉 ・|八 | ・ ・ ・ ・ ・ 金 ・ 桂 香|九 +---------------------------+ 先手:室谷由紀女流二段 先手の持駒:金 歩二 手数=73 ▲8五龍 まで 後手番
最近の自分の将棋で良さげな例が見つからなかったので、先日のマイナビ女子オープンの室谷-加藤戦から。参考図からの△3二竜▲8一歩成△3五歩などは、上手いプレッシャーのかけ方だと思います。△3六歩▲同歩△2四桂の筋を狙われるのは、美濃にとってはどんな時でも嫌味になるのです。
●主張点の変換作業
主張点といえば、駒得しているとか、駒の働きが良いとか、自玉が堅いとか、色んなものが考えられます。しかし、例えば駒得という主張点を考えてみても、中盤と終盤ではその意味合いが大きく異なってきます。中盤では駒得という主張点が大きな輝きを放つことが多いのに対し、終盤では駒得していても自玉がピンチになっていては駒得が意味をなさなくなってしまうケースがほとんどです。
したがって、駒得の状態で終盤戦に突入した時などは、駒得という主張点を別の主張点に「変換」することが勝利への近道になる・・・と言えるのではないでしょうか。
後手:kame1223 後手の持駒:銀 桂二 9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ |v香 ・ ・v金 ・ ・ ・v桂v香|一 | ・v玉v銀v金 ・ ・ ・ ・ ・|二 | ・ ・ ・v銀 ・ ・ ・ ・v歩|三 |v歩v歩v歩v歩 歩 ・v歩v歩 ・|四 | ・ ・ ・v桂 角v飛 ・ ・ ・|五 | 歩 歩 歩 歩 ・ 角 歩 ・ ・|六 | ・ 玉 ・ 金 ・ 歩 ・ ・ 歩|七 | ・ ・ 銀 ・ ・ ・ ・ 飛 ・|八 | 香 ・ ・ 金 ・ ・ ・ ・ 香|九 +---------------------------+ 先手:相手 先手の持駒:歩三 手数=65 ▲4六角打 まで 後手番
再び24で指した将棋から。第3図は▲4六角打と繋いで打たれたところです。現状は▲角と△銀桂桂の三枚替えで駒得していますが、次に▲6五歩と桂を取り返す手が後手陣の急所にも刺さってきます。駒得の場合は長期戦に持ち込むのが一番理想的な展開ではありますが、第3図ではそれは難しそうです。そこで「主張点の変換作業」をしていきます。
第3図以下△5四銀▲1一角成△5五桂▲5六金△4六飛▲同歩△4七角▲5五金△6九角成▲6五歩△6六銀▲6九銀△7七金▲9八玉△5五銀上(第4図)
後手:kame1223 後手の持駒:金 桂 歩 9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ |v香 ・ ・v金 ・ ・ ・v桂 馬|一 | ・v玉v銀v金 ・ ・ ・ ・ ・|二 | ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・v歩|三 |v歩v歩v歩v歩 ・ ・v歩v歩 ・|四 | ・ ・ ・ 歩v銀 ・ ・ ・ ・|五 | 歩 歩 歩v銀 ・ 歩 歩 ・ ・|六 | ・ ・v金 ・ ・ ・ ・ ・ 歩|七 | 玉 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 飛 ・|八 | 香 ・ ・ 銀 ・ ・ ・ ・ 香|九 +---------------------------+ 先手:相手 先手の持駒:飛 角 桂二 香 歩三 手数=80 △5五銀上 まで
ここで言う「主張点の変換」とは、「駒得」の主張点を「玉の安全度の差」という主張点に変換する、すなわち「ある程度は駒を捨ててでも、先手玉の寄せが見える形に持ち込む」ということです。「玉の安全度の差」という主張点は、終盤になればなるほど輝いてきます。
第4図での駒割りを計算すると▲飛角香と△金金銀の交換で、第3図時点での駒得は完全になくなってしまっています。しかし玉の安全度は見るまでもなく大差で、後手の攻め駒は小駒だけながらも四枚以上、先手は受けに適している駒がほとんどないので、後手の勝ち筋となっています。主張点の変換に成功した形と言えるでしょう。
ただ、これもまだ自分の中でしっかり意識して実践できているというレベルではなく、対局中に「考えるようにしたい」ことの一つです。
●振り飛車は駒効率で勝負する ※個人の感想です
一般論として当てはまる・・・とまでは言えないと思うので但し書き付き。昔の自分は「駒得至上主義」だったのですが、第一回目の対局中に考えることで「遊び駒を作らない」と書いたように、実は「駒損してるけど遊び駒がない」という状態を目指すほうが、振り飛車という戦法はうまくいきやすいのではないか、と思うようになりました。
振り飛車党のプロの先生、その中でも久保先生や戸辺先生の将棋を見ていると、常に駒損してるんじゃないかと錯覚してしまうくらい、中終盤で駒損(それも飛車損とか角損とかのレベル)に陥っている将棋が多い印象を受けます。それほどの駒損をしても際どい勝負を繰り広げて最後に勝ってしまうのは、残った駒は全て有効に活用している、すなわち駒損していても駒効率では勝っているというのが最大の理由なのではないかと思います。
後手:kame1223 後手の持駒:歩 9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ |v香 ・ ・v金 ・ ・ ・v桂 馬|一 | ・v玉v銀v金 ・ ・ ・ ・ ・|二 | ・ ・ ・ ・ と ・ ・ 飛v歩|三 | ・v歩v歩v歩 ・v歩v歩v歩 ・|四 |v歩 ・ ・ 歩 ・ ・ ・ ・ ・|五 | 歩 歩 歩 ・ ・v龍 歩 ・ ・|六 | ・ ・v金 ・ 玉 ・v銀 ・ 歩|七 | ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|八 | 香 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 香|九 +---------------------------+ 先手:相手 先手の持駒:角 金 銀二 桂三 香 歩二 手数=112 △4六飛成 まで
第3図、第4図の将棋の投了図が第5図。2一の桂だけは残りましたが他の駒は歩以外の全てが働いており、3枚だけの駒で先手玉を捕まえています。こんなふうに「必要最低限の戦力だけで勝ち切る」というのが、駒効率という主張点を最大限に活かして戦った証のようにも思えて、すごく嬉しくなったのを覚えています。
いつもこんなふうに上手く勝てるわけではありませんが、一つの理想形として心に留めておきたいと思います。