年明けから始まった24名人戦、4週間の本選リーグが閉幕して全日程終了となりました(名人を決める戦いはまだ続いています)。長いようで短いようで、でもやっぱり長い2ヶ月だったと思います。

後半2週の戦績は●●○●○○○○で5勝3敗。前半と合わせると6勝10敗でした。
タイトル絡みの結果は・・・上位10名の「龍王」、下位のうちの最多対局賞「名将」、いずれも手は届かず。このタイトル争いについては少しだけドラマがあったのですが、後で触れたいと思います。


後半戦で最も印象に残っている一局・・・といえば、迷わずにこれを挙げます。最後の4連勝のうち、最初の1勝目になった将棋です。

【第1図は▲5三角まで】
後手:kame1223
後手の持駒:銀 歩六 
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・v金 ・ ・ ・ 龍v桂v香|一
| ・v玉v銀 歩 ・ ・ ・ ・ ・|二
|v歩v歩v桂 ・ 角 ・ ・v歩 ・|三
| ・ ・v金 ・ ・v飛 ・ ・v歩|四
| 歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ ・v歩 歩 ・ ・ ・ ・|六
| ・ 歩 桂 ・ ・ 金 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ ・ 金 玉 銀 ・|八
| 香 ・ ・v角 ・ ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:相手
先手の持駒:銀 
手数=91  ▲5三角  まで

後手番

相振りの出だしから序盤で手得+好形を築いて作戦勝ちになるも、攻め始めた後に方針を一貫できず弱気な手を指してしまい、逆に苦しい展開になってしまいます。
第1図は終盤、▲5三角と打たれたところ。▲7一竜△同玉▲6一歩成以下の詰めろと飛車取りで部分的には厳しい手ですが、この瞬間は先手玉も危なそうな雰囲気なのでどうなるか、という状況です。

第1図以下△4七角成▲同金△4九銀▲4八玉△3八金▲5九玉△4一歩▲6一歩成△同銀▲7一角成△同玉▲5三角△6二角▲4四角成△6七歩成(第2図)

【第2図は△6七歩成まで】
後手:kame1223
後手の持駒:歩六 
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・v玉v銀 ・v歩 龍v桂v香|一
| ・ ・ ・v角 ・ ・ ・ ・ ・|二
|v歩v歩v桂 ・ ・ ・ ・v歩 ・|三
| ・ ・v金 ・ ・ 馬 ・ ・v歩|四
| 歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ ・ ・ 歩 ・ ・ ・ ・|六
| ・ 歩 桂vと ・ 金 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ ・ ・v金 銀 ・|八
| 香 ・ ・ ・ 玉v銀 ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:相手
先手の持駒:飛 金 銀 
手数=106  △6七歩成  まで


△4七角成~△4九銀と迫りますが▲4八玉とかわされ、そこで△5八金は▲3九玉で「打ち歩詰め」の形になります。それから自玉の詰めろを受けても▲4四角成で飛車を取られると、打ち歩詰め打開はおろか詰めろをかけることもできません。第1図の少し前にその事に気付いたので、負けになってるかなあと思いながら指していました。

それでも何かないかと必死に考えているうちに、△3八金と反対側から打つ手を思いつきます。▲5七玉なら△6七歩成▲同玉△4七飛成だし、▲5九玉なら自玉に一手の猶予ができれば△6七歩成が詰めろになる。そしてその一手の猶予は△4一歩と打てば得られるかもしれない。一気に心拍数が上がり始めました。
(ちなみにGPSは△4九銀▲4八玉に△5八銀成▲同玉△6七歩成で後手勝勢との判断。この順は見えなかった・・・)

本譜は△4一歩に▲6一歩成の利かしが見えておらず、さらに慌てます。 △6一同金▲4四角成は、次に▲7一銀から王手が続いて怖い形です(実際には、合駒の選択を間違えなければ逃れているようです)。

実戦の△6一同銀を選べば、第2図まではほぼ必然の手順。あとは後手玉が詰むかどうかですが、幸運にも詰みはありませんでした。リアル対局なら間違いなく手が震えまくっているような終盤戦で、観戦されていた茉麻さんにも見ていて面白かったと感想をいただけたのが嬉しい一局でした。


以下は今回の名人戦全体を振り返っての雑感になります。(長いので折り畳みます)

●マイペース

予選が開幕する頃、今回の名人戦は持ち時間の使い方を少し意識してみようかなと思っていました。具体的には「分かれ」の局面(中盤戦が終わって終盤戦に入るあたり)で持ち時間を2~3分残すようにする、というものです。そうする必要に迫られたというわけではなく、ちょっと実験してみようかなという軽い気持ちでした。

結果、予選の初めの頃はある程度意識して時間を残すようにできていましたが、徐々に本来の「考えたい時に考えたいだけ考える」 スタイルに戻っていき、本選の後半になる頃には「時間の使い方を意識しよう」と考えていた事すら忘れてしまっていました。やはり自分には自分のペースがあるということなのでしょう。

対局の消化ペースに関しては「1日2局まで」と決めていました。今回の名人戦は一貫して「内容重視」を目標に掲げていたので、1日に何局も指そうとして内容が雑になるよりは、1日2局までと決めておくくらいがちょうどいいだろうという判断です。

そしてこれは本選に入ってからですが、「日曜日には指さない」という自分なりのペースも自然と確立されていきました。対局をすれば体力的・精神的に消耗するのはもちろんですが、結果的に対局がなかった日でも、3時間ずっと臨戦態勢をとり続けるのは意外と疲れるものです。それが3日間続くのって案外しんどいかもな、と思ったので、自然と「日曜日は指さない日」になっていきました。こういった自分のペースを崩さなかったことで(最終日の日曜だけは指しましたが)、最後まで気持ちを切らさずに戦い続けられたのだと思います。

●「良い内容」とは

これまでにも散々「内容重視」とか「満足できる内容の将棋を」などと書いてきましたが、そもそも自分にとっての「良い内容」、「満足できる内容」とは何なのだろうと考えました。最初から最後まで100点満点の内容じゃなければ満足できない、というわけではないのは確かです。

今回、本選の前半と後半では面白いほど綺麗に将棋の内容が二分されていました。前半は「序中盤はそれなりにしっかり指せていて終盤はボロボロ」、後半は「序中盤はボロボロで終盤はそれなり」。それでどちらのほうが自分にとって満足度の高い内容だったかと言うと、明らかに後半のほうでした。

序中盤で苦しくなっても、そこから辛抱したり勝負手を放ったりして相手のミスを誘い、際どい終盤戦になっていく・・・それこそが自分にとって最も楽しい、やりがいのある展開で、そのような展開にさえなれば最終的には負けても構わない、とすら思います。 上の第2図を前にした心境も、それに近いものはありました。逃げ間違えての頓死は嫌だけど、元から詰みがあるのならそれはしょうがない、自分はやるだけのことはやったんだ、と。

●史上最大のスランプ

本選が6連敗スタートでしたが、実はその少し前からずっと勝てない状態が続いていました。 指した局数自体が決して多いわけではないのですが、練習で指した将棋も含めると10連敗以上、丸々1ヶ月近くの間勝ち星が付かなかったのです。記憶にある範囲では史上最大級のスランプだったと言えます。Rも2100点台まで下がり、もう落ちるところまで落ちてしまえという心境でした。

前回の振り返りで終盤が弱くなっていると書きましたが、今回のスランプの根底にあったのは技術的な問題ではなく精神的な問題でした。何でもかんでも全てを精神論に結び付けるのも良くないとは思いますが、自分が将棋でスランプに陥るときは、技術的な問題よりも精神面での問題が原因になっている場合がほとんどなのです。

●謙虚になろう

面白いもので、普段生活している上での精神状態は将棋にも反映されやすいと思います。プラスの方向であれマイナスの方向であれ、気持ちが大きく揺れ動いている時は将棋も不安定になりやすいのです。今回のスランプに入る前、プラスともマイナスとも言えませんが気持ちが大きく揺れ動いてしまうことはありました。

そうして将棋が不安定になり、徐々に黒星が増え始めたその時に何を思うか。それこそが最大の分かれ道だったのかもしれないと、今にしてみれば思います。

簡単に言うと将棋を楽しむ余裕を失っていた、そして将棋に対して傲慢になってしまっていたような気がします。将棋を楽しむ。何かある度に口にし、意識しようとしているにも関わらず、大きなスランプに陥ると必ずこのことを忘れてしまいます。今回も例外ではありませんでした。そうして楽しむ余裕がなくなると、「なんで趣味でやってる将棋でこんな苦しい思いをしなきゃいけないんだ」「これなら将棋指さないほうがマシじゃないか」と思い始めます。 この思いが将棋に対する傲慢さの表れになっていたと思います。

昔、将棋仲間からプレゼントでもらった本の「将棋の子」(大崎善生氏 著、講談社文庫、2003年)に、こんな一節があります。
 将棋は厳しくはない。
 本当は優しいものなのである。
 もちろん制度は厳しくて、そして競争は激しい。しかし、結局のところ将棋は人間に何かを与え続けるだけで決して何も奪いはしない。   (p.326より)
「将棋の子」は奨励会退会後の人生がテーマになっているので、この一節も奨励会という制度を念頭に置いた表現になっています。それでも、趣味で将棋を指しているアマチュアにとっても決して無関係な話ではないと思うのは自分だけでしょうか。

なかなか勝てなくてイライラする時、まるで将棋というゲームから自分が攻撃されているような、何かを奪われているかのような錯覚を覚えてしまうこともあるかもしれません。そんな時、自分はいつでもこの一節を思い出すようにしたいと考えています。

「自分は将棋を指させてもらっているんだ」 、「将棋で貴重な経験をさせてもらっているんだ」、「こうして将棋を指せることに感謝しなければ」。少し大げさだとは思いますが、これくらい将棋に対して謙虚でいようと考え始めた時、どん底だった状態が自然と上向き始めたのです。その結果が本選後半の5勝3敗という成績でした。

●最終週のドラマ

本選の6連敗スタートでタイトルはほぼ絶望的だと思ったのと、余計なことは考えずに一局一局を丁寧に指そうと考えたこともあり、本選の期間中はほとんどリーグ表を見ていませんでした。上位に入れなくても最多対局賞の「名将」のチャンスがあることは知っていましたが、前述の「マイペース」を貫いていたのでその可能性もたぶんないだろうと思っていました。

ところが、最終週の1日目が終わってから久々にリーグ表を見ると、名将争いでは意外と際どい位置にいます。さらに翌日に2連勝したことで、最終日の展開次第では「龍王」のタイトルすら狙えるような状況になっていました。ここまで徹底的に内容重視、結果については無関心、を貫いてきたのですが、思わぬ僅差の状況を知って動揺が走りました。どうしよう、タイトル狙いに行ってしまおうか・・・。

ただ、状況はどちらかと言えば厳しいほうでした。名将と龍王のどちらを狙うにしても最終日に2局以上指す必要があり、龍王を獲るには2勝しないと厳しいだろうという状況です。未対局の相手はみんな上位または下位が確定的なので、最終日に来ない可能性も十分あります。

結局のところ、対局できるかどうかも含めて自分の力だけではどうにもできないことなので、流れに身を任せようと決めて最終日を迎えました。もし龍王でも名将でも獲得できることがあったのなら、それは6連敗スタートでも対局を投げ出さずに指し続けたご褒美だと思おう、と。

●感謝

そして運命の最終日、ですが、対局できたのは1局のみでした。最終結果も冒頭の通り、タイトル獲得はならず。僅差の戦いで、もしあの人がもう一局指していたら、もしあの対局がなかったら・・・というのは色々あったようですが、こればっかりはしょうがないと思っています。

最終日に挑戦してきたのは、1位になった方でした。タイトル獲得は間違いない状況なのでさっさと寝てしまっても問題はないはずなのですが、指しに来て挑戦してくれたのです。将棋は相振りの出だしから、相変わらずの雑な序中盤で苦しくなりますが、決め手を与えないように頑張っていると相手に逸機があり形勢が急接近。 最後は自玉が手つかずの状態で相手玉に必至が掛かっての勝ちでした。タイトル獲得には繋がりませんでしたが、今日は一局も指せないかもなと思っていたところで来た挑戦だったので、一局指せたことがとてもありがたく感じました。

今回の名人戦は大きなスランプがあったことで、将棋との向き合い方、将棋を指す姿勢について改めて考える良い機会になったと思います。そして、これはもう何度目になるかわかりませんが、将棋って楽しいんだと再確認することができました。きっとこの先何度でも、勝てなくなり、将棋の楽しさを見失い、将棋に対して傲慢な態度になってしまうことを自分は繰り返していくと思います。その度に何度でも今回の名人戦のことを思い出し、将棋の楽しさ、将棋への感謝の気持ちを何度でも思い出すようにしたいものです。

今回の名人戦で対局してくださった全ての方々、観戦や応援をしてくださった方々、運営の久米さん、そして貴重な時間を過ごさせてもらった将棋というゲームに感謝します。


次の大きなイベントは夏のリレー将棋。そこに向けて自分のペースで準備していければと思います。